教育現場における子どもの人権尊重について考える

本日、人権教育についてのワークショップ「第4回CONNECT(トイロさん主催)」に参加しました。

そこで得た気づきをふまえ、教師が留意すべき人権尊重の視点をまとめてみました。


・教師は人権侵害をしながら、人権を教えていないか

 教師が大声での叱責や椅子を蹴り上げる等の行為を通して、子どもに対し「あなたのしたことは人として間違っている、だから怒っている」ことをアピールする、学校現場でいまだにみられる場面です。人権を教える場面で、人権侵害をしてしまっている。

これでは教育効果が望まれるどころか、教師−生徒という関係を強者−弱者と置き換え乱用した立派な人権侵害です。人権が尊重される人間関係は生徒間だけでなく、教師−生徒間(もちろん教師−教師間でも)保障されるべきものです。


・子どもたちは、意見表明できる環境で学んでいるか

 人権教育は、「この言葉は使ったらダメ🙅‍♂️」と子どもにいわゆる”NGワード”を教えることではありません。人権教育に限らずですが、「なぜ?」を大切にしていく。そのためには一人ひとりの意見を大切にした学習活動が不可欠であると考えます。自分の感覚を出し合う時間を重視したいです。満場一致で決まった答えをがでなくても、子どもたちの参画意識や相互承認の感度は高まっていきます。学びの方法自体が、子どもへの無言のメッセージになると感じます。


・教師は想像力を持って、適切な行動や言葉を選んでいるか

 「遅刻するな!」「勝手に立ち歩くな!」ではなく、「なぜAさんは遅刻したのだろうか」、「Bさんが勝手に立ち歩く原因は何なのだろうか」

表に出た言動に対して、教師の理屈で指導しても上手くいかなかった経験があります。原因を想像してみる、対話する。そのうえで適切な言動を考えてみる。教師が想像力を持ち、アンテナを広げて接することが、子どもの視点に立つ教師の在り方だと考えます。

最近話題になっている校則や制服着用義務についての課題に対しても、教師の理屈ではなく、こういった想像力を持てれば、最適解がみえてくるのではないかと思います。

画像 文科省「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」第2章 学校における人権教育の指導方法等の改善・充実より引用 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/report/attach/1370714.htm

人権教育は一人ひとりの教師の心構え、学校づくり全体を通して推進していくものであるといえます。

学校に行けない(行かない)子どもたちの学習権が保障しきれていないという現状は、早急に向き合うべき課題です。フリースクール運営者、教育者として学びの選択肢の保障がどう実現できるか。フリースクールの仕組みをどう改善するかについても考えています。


最後に

「人権尊重」について考えを巡らすなかで、教師として、人としての「人格」をどのような意志を持って形成していくかは常日頃から意識しなければと痛感しました。私自身「あー、今の言い方よくなかったなあ」と反省する場面たくさんあります。反省するだけでなく、想像力を持って改善し、フリースクールでの教育活動に活かしていきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました🌟

フリースクール豊中むげん

豊中むげんは大阪府豊中市の少人数制フリースクールです。 文部科学省が示す「民間施設についてのガイドライン(試案)」に基づいて運営しています。 体調不良やその他の理由から学校を欠席されている中学生の生徒さんを対象とした学習室です。